まぁ、人によって色んな意味合いで言われてるんで、何をもって
「発音は無理」というのかを決めんと話がいつになってもかみ合わん
とは思いますけど。
その方面の研究なんかによると、10歳過ぎくらいまでにネイティブの
音をしっかりインプットしないと「ネイティブ並みの」発音を見に
付けることは不可能、というような説があるようです。
あんまり学術的なことに興味がないんで、ちゃんと追いかけてませんが
「臨界期」という言葉はそれなりに耳にします。というか、目にします。
その年齢までに十分な接触がないと、ある能力を一定レベルを超えて
習熟するのが極めて困難になる、境界線になるような年齢のことですな。
なんとなく直観的には正しそうですよね。
ただ、ホンマかなぁ?という疑問がないわけではありませんけど。
まぁ、多くの日本語話者にとって、英語ネイティブと見分けがつかない
ような発音を目指す必要は全然ないと思うんですね。
何事においても、80%くらいまで到達するのは比較的簡単にできる
けれど、そこから100%に持っていくのには膨大な時間と労力が
かかると言いますし。
発音なんて、80%まで行けば十分に通じるし、おそらくそんなに
相手に負担をかけることなくコミュニケーションが図れるでしょう。
あ、世間でよく耳にする暴言「みんな母語の訛りを残してるんやから
日本人も堂々と日本語訛りのカタカナ英語でしゃべったらえぇねん。
発音なんか練習するより内容を磨く方が大事」てな話ではありません。
おそらく、発音を意識してない日本語話者の英語って、20%とか
30%くらいやないかと思います。音の仕組みがもう、根本的に
違うわけでね、「通じたらえぇ」というご本人の意識とは裏腹に
実は相当通じてないか、相手に相当、内容を想像するという負担を
かけて何とか理解してもらっているというレベルやと思います。
何しろ人によったら、完璧に日本語の音の体系で喋りはるんで
英語としてはすんごく意味がとりにくいわけです。
その域はやっぱり脱していかないと、アキマセンね。常に相手に
負担をかけ続けることになるんで、良好なコミュニケーションの
障害になりかねません。
で、まぁ、20%、30%から脱して、80%くらいまでもって
行くのは、まぁ、出来るんやないかと思うんですよ。何歳から
初めても。
英語の音節を守ること、息を喉で止めないこと、元の音にしっかり
耳を傾けて似た音を出すこと。この辺りをきちっとやれば、80%
には行けるんやないかと思うてます。
ビーチでのんびりしていましたら、ちょうど、6、7メートル位先、私から見て10時と2時の角度に1組づつのお姉さんらが、笑顔で会話をしていました。
すると、片方の組の会話はズバンズバンとやかましいくらいに聴こえるのに、もう1組は口パクのようにしかみえません。
そうです!聴こえない方は日本人グループ。声が聴こえていたのが、英語を話す人達でした。
薄々、日本での車内での会話の目立つことには気付いてましたが、『外国語だから日本で目立って聴こえる』のではなく、英語の声は日本語より粒がハッキリとしており、かつ音量もデカいのでした!
今回は3年前から練習してきた『クリスペプラー声を意識してきた英語喉』の練習成果をいかんなく発揮すべく、堂々と大きな声を念頭に観光英語を満喫してきました。
やはり、先生が書いておられるように、『相手に対し、聴きづらい発音は優しくない。理解しにくい発音は会話が弾まない』と思うので、日本語の延長みたいな英語は嫌です。
いつか先生の直接講義をうけたいです。あ、静岡にはこないのですか?せいぜい名古屋止まりでしょうか。…
それてば失礼します。